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3月27日:井原市指定文化財「伝為朝の墓」の土塀修繕工事が完了しました。

ページID:0020231 更新日:2026年3月27日更新 印刷ページ表示
 源為朝は、保元の乱(1156年)で敗戦した後、伊豆大島に流されました。その後、伊豆大島から琉球に渡り、最期は県主の金剛福寺の僧を頼って当地で亡くなったと伝えられています。墓は高さ135cmで、背が低く角張った水輪や火輪の形状は鎌倉時代初期の特徴です。土塀は墓域を囲うように四方にめぐらされており、一部が剥離、崩落していましたが、令和7年度の補助事業により修繕しました。県主地区の貴重な文化財をぜひ見学してみてください。
為朝の墓修繕
伝為朝の墓2