今度の受賞者に選ばれた小谷元彦(1972年、京都生まれ)は、2000年以降、ヴェネツィア・ビエンナーレなどの現代美術を紹介する大規模な国際展で注目を集めてきた作家です。
折から開催された「小谷元彦展:幽体の知覚」(森美術館、2010.11.27〜2011.2.27/静岡県立美術館・高松市美術館・熊本市現代美術館へ巡回)は、この作家のさまざまな手法と奇抜なアイディアを意欲的で大胆な構想のもとに実現した刺激的な展覧会でした。
「霊体」や「幻影」(ファントム)をとらえなおす視覚の魔術と、彫刻の源流として存在してきた人体像に、あらたな「知覚」を促がすことによって、これまでの彫刻の概念を根底から脅かすだけではなく、超えて行こうとする試みを秘めたものとなっていました。
彫刻科の学生時代に、小谷元彦はすでに橋本平八や平櫛田中のしごとに啓発されていたと聞いています。見霊の鬼才としての素質の一端を窺わせるに相応しい話ではないかと思います。
第25回平櫛田中賞選考委員会 委 員 酒 井 忠 康
第25回平櫛田中賞受賞者報告パンフレット(PDFファイル)
この賞は107歳の天寿を全うして、芸術の理想を追求し続け、近代彫刻界に偉大な足跡を残した平櫛田中が、百寿の記念に彫刻界の発展に役立てたいと寄附した浄財をもって、昭和46年に設立されました。わが国の彫刻界において、中原悌二郎賞と並び大きな役割を果たしています。
岡倉天心に見出され、天心を心の師と仰いだ田中の作品は、代表作「鏡獅子」をはじめ、日本を代表するにふさわしい心の息吹が感じられます。この賞は、田中の彫刻に対する熱い想いそのものです。
現在、井原市が主管して、美術評論家、彫刻家などわが国芸術界の権威ある方がたの選考による、日本を代表する彫刻賞です。昭和47年、第1回平櫛田中賞が贈られてから今年で25回を迎え、ますます評価が高まっています。
公募の方法によらず、選考委員によって推薦された候補者の中から厳正に選考のうえ授与されます。
このように、平櫛田中賞は、田中の偉業を後世に伝え、さらに優秀な彫刻家の顕彰を行うとともに、文化の香り高い町づくりを市民憲章に掲げた井原市民のこの上ない大きな誇りであります。
| 受賞年 | 受賞者 | 受賞作品 |
|---|---|---|
| 第1回 昭和47年(1972年) | 淀井 敏夫 | 指定せず |
| 第2回 昭和48年(1973年) | 堀川 恭 | 指定せず |
| 第3回 昭和49年(1974年) | 江口 週 | 指定せず |
| 第4回 昭和50年(1975年) | 最上 壽之 | コテンパン |
| 第5回 昭和51年(1976年) | 山本 正道 | 追憶 |
| 第6回 昭和52年(1977年) | 小畠 廣志 | 涼炎 |
| 第7回 昭和53年(1978年) | 鈴木 実 | 指定せず |
| 第8回 昭和54年(1979年) | 澄川 喜一 | そりのあるかたちI |
| 第9回 昭和55年(1980年) | 土谷 武 | 蜻蛉と向かい風 |
| 第10回 昭和56年(1981年) | 小清水 漸 | レリーフ80-3 |
| 第11回 昭和58年(1983年) | 脇田 愛二郎 | COSMIC VOLUME3-2 |
| 第12回 昭和60年(1985年) | 城田 孝一郎 | 砂上の女 |
| 第13回 昭和62年(1987年) | 米林 雄一 | 微空音-I |
| 第14回 平成元年(1989年) | 深井 隆 | 逃れゆく思念 |
| 第15回 平成3年(1991年) | 海老塚 耕一 | 連関作用-水の窓より・夏S-90SE |
| 第16回 平成5年(1993年) | 山縣 壽夫 | 横たわる三角 |
| 第17回 平成7年(1995年) | 戸谷 成雄 | 境界から(個体・家・皮膚) |
| 第18回 平成9年(1997年) | 舟越 桂 | 肩で眠る月 |
| 第19回 平成11年(1999年) | 峯田 敏郎 | 記念撮影−地球も私− |
| 第20回 平成13年(2001年) | 三沢 厚彦 | 指定せず |
| 第21回 平成15年(2003年) | 籔内 佐斗司 | 指定せず |
| 第22回 平成17年(2005年) | 保田井 智之 | 質問者 |
| 第23回 平成19年(2007年) | 保田 春彦 | 指定せず |
| 第24回 平成21年(2009年) | 石松 豊秋 | 指定せず |
| 第25回 平成23年(2011年) | 小谷 元彦 | 指定せず |